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巨大クレーン軍艦~大阪新駅舎ビル~梅田北ヤード新開発 [大阪市北区]

大阪駅北口に広がる土地の開発が計画されてから何十年にもなるが ようやく今年の5月にその第一弾がオープンされます。

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開発の権利を得るため落札した金額だけでも2000億円、巨大プロジェクトは今ひとつの結実を迎えようとしているのです。

駅舎ビルの全貌が現れ、北ヤードに広がるオフィスゾーンやホテルリゾートゾーンの建設地ではさながら軍艦のような巨大クレーンが日夜 建設中でした。

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大阪の中心地であり日本に残された 最後の一等地が新しく生まれ変わろうとしている。

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高僧ビル群完成予想図


大阪駅周辺の散歩は この下です

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タグ:梅田 大阪駅

史跡 難波宮跡をたずねて 最終回~玉造稲荷神社~森之宮へ [大阪市中央区]

細川ガラシャ夫人が祀られたカトリック教会を 後にして 東に歩いてゆきますと 神社の入口にでくわします。

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「玉造稲荷神社」

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おっと その前に 神社の南側に目をやると なにやら 道の真ん中をさえぎるような巨木があります~~。
しかも 鳥居のようなものが見える・・・・

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こちらを先に 見てみることにしました。


巨木の真相と稲荷神社の訪問記は下のほうです。

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森之宮までゆきたい人はここをクリックですよ!


史跡 難波宮跡をたずねて 3~ガラシャ夫人の祈り~越中井まで [大阪市中央区]

史跡難波宮跡 公園を後にして 法円坂を下っていきます。

四つ角から向こう側に見えてきたのは 大きなキリスト教会でした。

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大阪カテドラル聖マリア大聖堂(大阪玉造カトリック教会)」
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1894年弐創立された教会は 1945年の大阪大空襲により失われ 現在の大聖堂は1963年に落成しました。
建築家 長谷部鋭吉の遺作でもあり、敷地が細川家の屋敷跡という由縁で、聖堂内には細川ガラシャが描かれた画が掲げられています。

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ガラシャ夫人の生涯についてはこの下の方からどうぞ~~

続きの物語をご覧にはここをクリックです!


史跡 難波宮跡をたずねて 2~難波長柄豊碕宮~八角殿と回廊跡 [大阪市中央区]

中大兄皇子(後の天智天皇)が中臣鎌足と共に 政敵 蘇我蝦夷、入鹿親子を打倒し 叔父の軽王子を即位させ孝徳天皇を誕生させた「大化の改新」により実権を握りました。

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この時期に前期難波宮、難波長柄豊碕宮に遷都された後、白雉元年(650)から造営が始められ、3年に完成しました。

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中大兄皇子は653年、飛鳥に移り、孝徳天皇が残りましたが686年消失してしまいました。

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史跡 難波宮跡をたずねて 1~いにしえの大宮殿~大極殿があった [大阪市中央区]

歴史博物館の南東に中央大通りと上町筋に挟まれて広がるのが 『難波史跡公園』です。

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法円坂交差点の歩道橋を渡ると後方には「大阪歴史博物館」が そして前方には「史跡 難波宮跡」公園が見えます。

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難波宮は『日本書紀』に記述がありながら長らくその所在地が不明でした。

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これから 2度にわたって大阪の中心部に遷都され 大宮殿が建てられた 宮跡を訪ねてみます。

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救いの手をさしのべたい~大阪玉造聖マリア大聖堂にて~ [大阪市中央区]

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  「ファチマの聖母と羊飼い」  大阪玉造聖マリア大聖堂にて



東北関東東日本で巨大地震が発生し、連日の報道を見て 心痛み、大変 心配しております。被災された方の安全と復興を心から願います。また、不幸にも お亡くなりになった方々には ご冥福をお祈りします。

大阪を知る 参~大阪パノラマ~大正昭和レトロの町並み [大阪市中央区]

前回に引き続いて 大阪歴史博物館訪問記の最終回です。

古代難波宮や江戸庶民の文化に触れながら 大阪の町や庶民の生活ぶりを体験してきましたが7階のフロアでは、大正末期から昭和初期にかけての下町風景やひときわにぎわいのあった心斎橋、道頓堀の街角を再現しています。当時の雰囲気を味わえる とても面白い展示でした。

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とりあえず 大阪モダンを体験すべく 扉を開けてみましょう~~

大阪レトロな町並みの続きはこちらをクリックね!


古提街道散策記~鴻池新田から歴史街道に沿っていく 1

鴻池新田会所跡を訪問した こぐまねは 鴻池新田駅に舞い戻り ここから 古提街道を歩いてみることにしました。

大阪奈良を結ぶ1本の道、古提街道。京街道から鯰江川提にそって大東市を抜け、生駒に通じるこの道の一部を体験しました。

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JR鴻池新田駅前から出発です。

まず最初は 寝屋川に架かる こうのいけばしを越えてすぐの所にあった。

「勿入淵跡」です。今は フェンスに囲まれて 判り難くなっていますが 立派な遺跡なんです。

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古代に本誌西部から守口・門真にかけて「八ケの湖」があり、後にナイスケの淵と呼ぶようになった「勿入の淵」があった。

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この淵は清少納言の枕草子や貝原益軒の南遊紀行の中にも出てきます。

ここから東にすすむにつれて 昔ながらの家並みが見ることが出来ます

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板塀が続く町並みに 街道筋の趣が感じられますね

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途中には 古提街道の案内マップもあります

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斜め下に繋がる石段が 提沿いを歩いていることを思い出させてくれますね

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江戸時代の武家屋敷のような町並みを 楽しみながら 歩いてゆくことにします

それにしても ここらあたりの家には 蔵が構えてある家が多いですね。

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さらに 古提街道を すすんでゆきます。

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街道に沿って歩くと 曲がりくねった道が多いです。


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途中にある お寺には 必ず寄ってみます。

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このあたりにも 沢山のお寺があるんですね。

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お寺の境内には 寒椿が植えられていました

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こんな風情が感じられるものまで ・・・・・

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お寺の鐘も確かにありました。

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さらに この道を 歩いていきますね。。。¥^^

大阪を知る 弐~大阪歴史博物館~ぐるっと水都めぐり [大阪市中央区]

いよいよ 博物館めぐりも佳境に入ってきました。なんか わくわくしますね。ここの博物館は一部を除いて写真撮影も OKなので 楽しく沢山 写せました。他の方のご迷惑にならない様にね[手(チョキ)]

いきなり9階に降り立つと そこには 信長と敵対した本願寺の時代の大坂の世界が広がります。

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ここからは 大坂のまちづくりを体験していきましょう。

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江戸文化の代表、文楽人形やまち並みのミニチュアも展示中です。

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大阪の庶民文化はここをクリックしてくださいね


大阪を知る 壱 ~大阪歴史博物館~大極殿を体感! [大阪市中央区]

大阪地下鉄 谷町四丁目でおり 9番出口に抜けると 目の前に 巨大な アースカラーの建物に出会います。

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大阪歴史博物館

個性的なフォルムの高層ビルは 西側に「NHK大阪放送会館」と並び、平成13年に誕生した 新しい大阪の歴史と映像文化の発信基地です。

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敷地の東側には 昭和62年に発見された5世紀中期頃の『倉庫群』の一つを復元した「堀立柱高床式倉庫」があります。

5世紀といえば 倭の五王の時代にあたり、難波の宮が 対外交渉の重要拠点であったことから 貢納品を保管する巨大倉庫群が出現したものと考えられます。

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さて、ホールの中に入っていきましょう。

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大阪歴史博物館内部の続きはここをクリックですよ!


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