So-net無料ブログ作成

花博記念公園~ばら園と風車と花々~鶴見緑地 [大阪市鶴見区]

大阪市の鶴見区にある花博記念公園に行ってきました。かつて ここで大阪最大の花のイベント「花の万博」が開催されたのです。その跡地は花を楽しめる記念公園になっています。



たくさんの花々が植えられていますがちょうど この時期はバラが綺麗なんです。

DSC06458.jpg


沢山のバラの品種があり綺麗に咲いていました。

DSC06438.jpg



風車の丘の周りにはサルビアや季節の花々が咲き茂っています。

DSC06444.jpg



中央広場では噴水に飛び込んでいる子供たちの姿に夏の到来が感じられますね。

DSC06425.jpg


また、少しずつ 紹介していきます。


千間川(せんげんがわ)跡に古民家と町屋ノスタルジア~緑橋 最終回 [大阪市城東区]

千間川跡の古い町並みを散策するぶらり歩きも最終回。実はこの頃の時間帯になって雨もちらほら降ってきましたので足早の紹介になります。

町並みは相変わらず昭和のにおいがしてくるような感じですね。

4.jpeg


こんな横町の飲み屋の看板に思わず笑わされてしまいました。

1.jpeg


古い建物の間には新築の住宅が続々と建っているのですが やはり木造の家作りを見ると癒されます。

2.jpeg



3.jpeg


道すがら目に付くのは地蔵尊の数々です。かつて江戸時代に起こった淀川の大洪水で亡くなった人々や子供の供養に立てられたものも多いと聞きます。

5.jpeg


さらに足を進めるとやがて中浜本町商店街に出てきます。

8.jpeg



理容店の趣きも正にレトロ調ですね。

9.jpeg


商店街も昼間は活気があるんでしょうがこの日はひっそりしていました。

10.jpeg


東本稲荷神社

宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)を祭神としている神社です。衣食住の神様、商売繁盛の神様として商店街の真ん中に建てられていました。天正4年(1576)の兵乱で本殿が焼失、その後も再建されましたが大坂夏の陣で再び焼失し、江戸時代に再建されるも 明治になって大洪水によって流失という とても興亡の運命をになっている神社です。

11.jpeg


さてさて、商店街を抜けて、緑橋の駅に帰ってきました。

12.jpeg


最後に地下鉄に乗って帰ろうとしたところ ふと上の看板に引き付けられてしまいました。

13.jpeg



戦国大統領[exclamation&question]

おそるおそる地下に潜っていくと こんなお店がありました。ライブハウス風の居酒屋でしょうかね・・・

14.jpeg


いやいや わかりませんけど 今回のぶらり町歩きもこれでおしまい。なかなか足早でしたが、更新の時期がずれて いささか残念ですね。

次回は もっと早く更新できるように頑張りますので どうぞよろしく~~。。¥^^

千間川(せんげんがわ)跡に古民家と町屋ノスタルジア~緑橋 パート3 [大阪市城東区]

DSC00044.jpg
寝屋川は交野市星田の山地を水源とし、城東区内で旧大和川と合流します。戦後になって都市化が進み、雨量が増量してきて洪水の危険性が増してきました。このため寝屋川水系を2分して、長瀬川などの南側の水は新しく開削された第二寝屋川に集中されました。完成したのは昭和44年のことです。

DSC00061.jpg


中浜下水処理場の桜

DSC00032.jpg


白山神社

1394年の古くから中浜・鴫野などの諸村の氏神様でした。信長の時代にいったん消失されましたが秀吉によって再建されました。しかし、大坂冬の陣で再び消失し、その後も幾たびか改築・修理がなされています。

DSC00037.jpg


境内にある イチョウの木は大阪市内で一番大きなもので高さが23メートルもあります。
枝ぶりもよく大阪の天然記念物に指定されています。

DSC00039.jpg


狛犬も大変勇ましく 吼えていました。

DSC00041.jpg


正圓寺

DSC00042.jpg


中浜菁莪塾(なかはましょうがじゅく)旧跡

寺子屋・中浜菁莪塾(なかはましょうがじゅく)は寛永元年(1847)、正圓寺の住職が本堂を中浜の子供たちに学びの場として開放したことに始まるとされています。
その学び舎は明治まで続きましたが明治18年の淀川大水害によって全村が水没するにいたって自然と廃校に追い込まれました。


DSC00043.jpg


延命地蔵尊

この界隈にある地蔵尊の中でも一番大きいものです。再び杉山街道跡の道を歩いて中浜下水処理場へと向かいます。途中、上城見橋から見た最後の桜風景です。

DSC00048.jpg


半分、葉桜になってますね。

DSC00049.jpg


5.jpeg


中浜下水処理場
津守、海老江下水処理場に続き、大阪市に3番目の処理場として昭和35年に建設。処理方法は標準活性汚泥法で高級処理が施されて第2寝屋川に放流されています。場内には「せせらぎの憩いの広場」があり城東区内の桜の名所としてシーズンには沢山の人出があります。

2.jpeg




桜はこのように 本当に桜吹雪となって地面一面が真っ白です。動画でご覧下さいね。

   



3.jpeg


ずいぶん古い時代の下水道の模型です。こんなレンガで回りを固めて流していたんですね。

4.jpeg


せせらぎの流れは全てここの下水処理場の水が流されていましたが、流れには沢山の鯉が泳いでいました。

6.jpeg



せせらぎの流れの中に泳ぐ鯉が見えますか?

  


最後に見える花のアップもいい感じでしょう





7.jpeg


処理場の出口近くには 30周年記念の碑が建てられていました。

8.jpeg


下水処理場を後にして 再び緑橋界隈の町屋ブラリ歩きを続けていきます。

次回へ~~。。¥^^
タグ: 町屋

千間川(せんげんがわ)跡に古民家と町屋ノスタルジア~緑橋 パート2 [大阪市城東区]

千間川は明治初年、農業用水と農作物の運搬のための運河として人工で開削された川です。平野川から河内高井田までが結ばれて20あまりの橋がかかり緑橋もそのひとつでした。しかし、界隈の都市化が進み、水田も減ったためその役割を終え、順次埋め立てられる事になりました。跡地は緑陰道路として整備され公園も造られました。

DSC00018.jpg


アンティークなつくりの町屋再生複合施設~燈~あかりの前を通ります。なんか懐かしいミゼットなんかが飾ってあったり大阪万博のポスターが貼ってあったりします。

DSC00024.jpg


近くの喫茶店の前にあるものもなかなかの年代物です。

DSC00025.jpg



千間川散策の続きはこちらをクリックです


千間川(せんげんがわ)跡に古民家と町屋ノスタルジア~緑橋 [大阪市城東区]

ここ緑橋界隈には、かつて千間川(せんげんがわ)と呼ばれた川、西の平野川と東大阪の市界となる東高野街道を結ぶ用水路があった。

DSC00013.jpg


その長さが千間(1800メートル)あったところから千間川(せんげんがわ)と呼ばれ、東成から市内へと小舟で行き交う人も多かったそうな。

DSC00016.jpg


昭和40年代にすっかり埋め立てられてしまって面影も計るべくも無いがかつては ゆかしい20もの橋がかかり小舟で行き交う人々の姿も見受けられたそうです。

DSC00015.jpg


その当時のままのようなたたずまいの古民家がこの界隈には多いので、ぶらりと散策してみました。

町屋を再生した複合施設などもあったりして なかなか面白い町並みでした。

DSC00017.jpg


町屋再生複合施設  『燈』~あかり~

2009年にオープンして古きものを生かして 新しい時代につなぐ場所として活用されています。
大正初期に立てられた町屋を改装して飲食店や帽子屋さんになってます。また、秋には文化祭も開かれてアート作品の発表の場や地域の文化発信の拠点になっています。

大通りのかたわらには「千間川」の碑が建っておりました。

DSC00021.jpg


実は この界隈を歩いたのは もう2ヶ月も前のことで桜が散り始めていた頃です。

シリーズの後半には 大阪市城東区にある中浜下水処理場の桜吹雪をお目にかけますね。

では、次回の記事まで~お楽しみに~。。¥^^

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。