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野崎観音紅葉だより~大東市野崎

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大阪府大東市の野崎観音に行ってきました。

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ここは春は桜の名所ですが 秋には紅葉も楽しめます。

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さっそく、長い石段を登っていってきました。

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境内のいたるところに風情のある景色が見られます。

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ほおずきのような実がなった木です。

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うっすらと紅葉が楽しめるところですね。。¥^^

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深北緑地公園の紅葉~もうすぐ見頃です

大東市の深北緑地公園にも秋の訪れが・・・

朝から忙しい時間を過ごしていますと 紅葉に目がいく暇がありません

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すっかり ご近所さんでも 紅葉してたんですね

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今日は 散歩道のからわら 紅葉鑑賞にでも ふけってみましょうかあ


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来週ぐらいが 大阪の紅葉スポットは見頃ですね。。¥^^

先賢景仰!時代の最先端駆け抜けたまち ①~江戸堀 [大阪市西区]

江戸時代、ここ江戸堀界隈は、当時の一流の知識人・学者が集まりました。幕末には『日本外史』の頼山陽が生まれ、蘭学者・中天游の私塾「思々斎塾」が開かれ、そこにはあの緒方洪庵も学びに訪れました。
のちに 緒方洪庵の弟子で近代日本陸軍の父・大村益次郎が寓居した場所や反骨のジャーナリスト・宮武外骨が「滑稽新聞」を発刊したのも、ここ江戸堀です。時代を駆け抜けた先賢者たちの足跡を訪ねながら 江戸堀界隈を歩いてみましょう。

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地下鉄四つ橋線の肥後橋駅に降り、西に向かうことにします。

まずすぐに 地元の商店街がありましたので訪ねてみますね。

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肥後橋商店街は「日本一」 短い商店街です。

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全長約79メートルしかなく、戦後は玉水商店街と呼ばれていましたが、昭和40年地下鉄に肥後橋駅ができて改名したそうです。

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商店の数は 少ないですが 実に活気ある商店街で お昼時には お弁当売りの声が響いてました。

ここから すぐのところに ある史跡。

頼山陽生誕地

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頼山陽は江戸時代後期の歴史家・漢詩人で安永9年(1780)、現在の江戸堀で広島藩の儒学者の子として生を受けました。江戸遊学後、脱藩し失敗、自宅に幽閉の身となります。そこから源平・南北朝・徳川時代までの武士の栄枯盛衰を描いた歴史書『日本外史』の執筆を始めます。文政9年(1826)に完成したのち、時の老中、松平定信に献上されました。陽明学者として 大塩平八郎にも影響を与え、没後に出版された『日本外史』は幕末の大ベストセラーとなり、尊皇攘夷運動に大いに影響を与えたのです。

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お向かえにはこんな元気な 食べもん屋さんがありますよ。

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京町堀界隈をさらに西に行くと小学校が見えてきました。

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西船場小学校は昭和18年(1943)に東江小学校を改称したもので、旧名の東江とは東江戸堀の意味です。

先賢景仰碑
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この地には江戸時代から多くの先覚者・学者・文化人を輩出しており、昭和10年(1935)に東江小学校創設50周年を記念して建てられた顕彰碑です。非常に年代が経っておりそこに掲げられた先人たちの名前はなかなか素人では読み取れませんが、頼山陽や後藤松陰、篠崎三島・同小竹、並河寒泉らの名前が刻まれています。


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ガレージの名前もここらが京町橋があったことを示していますね。

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すこし西に歩いていくと 大きな駐車場の脇に 実に小さな史跡が有りました、

関西法律学校発祥の地

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関西法律学校は、明治19年(1886)に、当時の大阪控訴院長であった児島惟謙(のちの大審院院長)らの賛成を得て、ここにあった願宗寺境内に創立されました。当時は児島のほか、大阪始審裁判所長の大島貞敏、のちの大阪商工会議所会頭の土居通夫らが名誉校員でした。関西法律学校は 現在の 関西大学の前身でもあります。

さてここから 北の方角に 歩くことにして さらに 知られざる文人学者の足跡を訪ねることにします。

反骨のジャーナリストや かつて江戸堀にかかっていた橋の名残なども訪ねますよ。。¥^^

スノーマン フェスティバル~夜の闇に現れた雪だるま [大阪市北区]

梅田の駅、広場に現れた でっかい雪ダルマ・・・

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道行く人々が 携帯カメラを片手にシャッターを押してました。

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ここ梅田の新開発も どんどん進んでいってる感じです。

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夜間工事も続けられていますが、完成は来年の春頃だそうです。

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新しい大阪の玄関口 梅田の町が 出来上がっていきます。




大阪の紅葉は~淀川河畔~まだまだです

淀屋橋から眺めた風景ですが 紅葉が進んでいるようですが 今年は暖かったせいか まだまだ 見頃には程遠いです。

これからあちらこちらで 紅葉の便りが聞けそうですね。

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今年はどこに 行ってみようかなあ・・・

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新しいスポットがあれば ご紹介していきますね。。¥^^
タグ:紅葉

西野トラベラーズ~鉄道芸術祭~なにわ橋駅 [大阪市北区]

大阪の北区にある中之島に行ってきました。途中に立ち寄った 京阪なにわ橋駅で思わぬギャラリーに出会いました。

アートエリアB1

ここでは京阪中之島線建設途中から企業やNPO法人、大学が協同で、都市空間における可能性を模索する「中之島コミュニケーション」実施して、2008年10月19日の中之島線開業を機に、なにわ橋駅の地下一階 コンコースに「アートエリアB1」を開設しました。

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なにわ橋駅構内そのものがミュージアムのごとく雰囲気ですね。

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ここが入口ですよ。

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扉はあれども決して入れませんが・・・

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京阪沿線の 面白スポットが 西野達氏の独特の視点で描かれていました。

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不思議なオブジェ、布団や自転車が串刺しにされています。

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現代のインターネットカフェですが 四角い空間に閉じ込められています。

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京阪電車に乗り込む 御婦人・・・ こんな扉があるはずも無く

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京都の大文字焼きに追加して 生駒山に 阪文字焼きで あわせて 大阪文字焼きですか~~~

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京阪電車の ドアに また こんな入口があったとしたら ビックリです。

とにかく 駅構内を 眺めても どこかミュージアムの感じがして 一風変わった 「なにわ橋駅」でした。

12月25日まで開催されていますので 一度 近くまでおこしの節は 見学する価値ありです。。¥^^

かつて母なる川に悲恋の南無網島があった ⑤~青湾・桜宮 [大阪市都島区]

銀橋のほど近くの公園内に 今回訪問してきた 都島の由来を表す碑があるんです。

都島由来記

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碑には「母なる川である淀川に生成した多数の島や川によって都島の大地は創建された。平安朝のころから武家や寺院なども見られたようであるが、都島の各地に集落が形成されるようになったのは、近世都島の京橋口から発する京街道が開発され、また淀川が京~大坂を結ぶ政治的、経済的大動脈になってからのことである。こうして近世を迎えて明治22年、大阪市制が敷かれ、幾多の変遷をへて昭和18年4月1日都島の誕生をみて現在に至っている」と書かれています。

都島の地名は 古代の大隅宮や難波宮に近く、都に向かう島から「都向島」から訛ったものとされます。

さらに公園内には こんな碑もありますね。

青湾

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かつて大川の桜宮堤防の下には、流れが渦巻いている小さな湾「青湾」がありました。そこの水はとても美味しく豊臣秀吉が好んで茶の湯に用いたといわれます。江戸時代には名だたる文化人達が賞賛し、煎茶を広めました。明治28年に桜ノ宮に上水道が出来るまで、水屋と呼ばれる業者が この地の水を汲んで市内に売りに歩いたそうです。

公園から都島区の町中に少し入ると りっぱな神社があります。

桜宮

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ご祭神は天照大神、八幡大神、仁徳天皇で境内にはご立派な桜の木が神木として祭られています。


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元は野田村(今の東野田町)にありましたが たびたびの水難に合い、宝暦6年(1756)に現在地に遷座されました。

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江戸時代から桜の名所として有名で シーズンとなれば多くの花見客で賑わっています。

ここ桜ノ宮公園も大阪有数の桜見物の場所で 造幣局の桜の通りぬけと 前後して 大阪庶民の目を楽しませてくれています。

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来年の春の桜シーズンにはもう一度、訪れてみたいですね。

さて、今回 都島の大川べりを歩いてみましたが、実はこの地が あの近松門左衛門の「心中天の網島」の舞台だったのです。


大長寺

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浄土宗の寺で、ご本尊は阿弥陀如来です。慶長10年(1605)開創で、山号は「川向山」といいます。明治になり大洪水による被害から 明治42年(1909)に藤田伝三郎により寺領を買い取られ、網島の地から現在地に移転しました。その後、戦争により伽藍も失い、都市化計画に境内の縮小も余儀なくされました。

心中天の網島は近松作品の中で世話物として大坂竹本座で上演され紙屋治兵衛と小春の大長寺での心中事件わ題材にリアルタイムで書き上げられたとされます。早籠にのって現場に行き、謡の本は近衛流。野郎帽子は若紫。悪所狂ひの身の果ては、かくなりゆくと定まりし・・・という有名な書き出しを思いついたそうです。2ヶ月後には上演されさすがは希代の早業師と評判を呼んだそうです。

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大川川べりにはこんな砂場の浜辺もあります。

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今は遠くに電車が通る何気ない風景です。

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川にたたずむ屋形船に風情が感じられますねぇ・・・

ここいらで 今回の大川ベリ 桜宮界隈、散策はひとまず 千秋楽に致します。

もうすぐ この辺も紅葉の見頃となり 沢山の方が訪れることでしょう。

少しでも かの 治兵衛と小春の道行のシーンが思い起こせたらいいですね。

これからも 大坂の川にまつわる 歴史を紐解いていきたいですね。。¥^^

かつて母なる川に悲恋の南無網島があった ④~銀橋・造幣局・泉布観 [大阪市都島区]

大川に架かる橋、大阪にかかる橋の中でも その美しさと大きさに圧倒されるのが この桜ノ宮橋、通称『銀橋』です。

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前回、出てきたおもろいバスとも船ともつかない乗り物は実は 水陸両用の観光バス&ボートなのです。

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大阪ダックツアー

純国産車LEGEND零TWO(全長11.95m、幅2.45m、高さ3.7m)の大きな車体がバスとして陸上を走行、心地よい風に吹かれながら個性豊かなガイドがご案内します。

ここ桜ノ宮公園で大川に「スプラッシュ・イン!」 ちなみに おとな 3,300円ですが・・・

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銀橋を渡ると 歴史的な建物があります。

泉布観(せんぶかん)

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明治4年(1871)に、造幣寮(造幣局の前身)の応接所として建設されました。設計者は イギリス人ウォートルス。英国風の古典的なコロニアル式の2階建ての建造物で、総面積は1000㎡余りです。

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室内には暖炉や化粧鏡・シャンデリアなどの優雅な装飾品が飾られ文明開化の時代を思い起こさせます。大阪で現存する最古の洋風建築として国の重要文化財に指定され、毎年、春分の日前後に一般公開されます。普段は非公開のため、この日もフェンス越しの撮影でした。

泉布観から 国道一号線を隔てて、南側に 造幣局があります。

造幣局

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造幣局は貨幣の製造をおもな業務とし、大阪に本局を置く独立行政法人です。明治2年(1869)に政府によって設立され、翌々年から鋳貨をはじめました。今日では 勲章や金属工芸品などの製造、貴金属製品の品位証明などもおこなっています。

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明治5年(1872)から明治天皇が近畿・中国地方に行幸される際、近代様式の貨幣工場、造幣局をご視察されました。6月4日に京都御所を出発し、午後3時40分に造幣局に到着。その際に上陸された場所にあったのがこの「欽明門」です。

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こちらの鉄柵にも由緒があって、何でも明治元年(1868)に当時の大阪府知事であった後藤象二郎が大阪城内に動物園を作ろうとしてイギリスから輸入したものを 計画が中止になった事を聞きつけた造幣局判事久世喜弘の進言によって、造幣寮の取り締まりに必要不可欠であり、威厳保持のため、譲り受けることを懇願し、井上馨の口利きで建設中の造幣寮の周囲に張り巡らしたそうです。

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また 敷地内にはそのほか 由緒ある 藤棚やガス燈、八角形の造幣局旧正門などがあります。



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また、造幣局内の工場も予約をすれば 見学する事ができます。

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今回は 貨幣の歴史と文化を展示した「造幣博物館」を見学します。

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館内では貨幣の歴史と鋳造の過程が様々な部屋に分けて展示紹介されていました。

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貨幣を測る天秤や鋳造機械の模型など興味あるものばかりですね。

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他には 貨幣や記念メダル、和同開珎などが展示されており、なかでも「法馬金」と呼ばれる 分同金は大判一千枚分の金塊で、豊臣秀吉の軍用金であったとされます。

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こちらも 太閤秀吉が造らせた 天正菱大判と天正長大判です。

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当時の豊臣秀吉の権力と財力が いかにあったかが伺えます。

さて、造幣局も後にして もう一度、桜ノ宮公園に戻り、散策を続けていきますね。

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それにしても  水陸両用バス、1回乗ってみたいですね。。¥^^





バラ園~中之島 [大阪市北区]

中之島にあるバラ園に行ってきました

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とても綺麗なバラが沢山 咲いていました

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中之島の川に架かる橋を 沢山訪ねる 道すがらの記事も又の機会にお送りします


アートエリアB1~西野トラベラーズ [大阪市北区]

今日は この画像だけを アップしてみます。

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なにゆえのオブジェ・・・ パフォーマンスかぁ~

近日中にお知らせします。。¥^^ ね!

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